本校設立の経緯
滝野川高等学院の代表である豊田は、大学院入院後から三重県の非常勤講師として勤め、修了後の2011年から、私立の通信制高校の教諭となりました。翌2012年には25歳にして進路指導主事に抜擢され、3年生の卒業時進路決定率を就任時から3年連続で100%を達成し注目を集めました。また、大学進学率においても通信制高校の全国平均が18%のところを、40%台の高実績まで上げました。しかし、進路決定率が上がると同時に入学者数も増加したことで、新たな問題も浮かび上がってきました。生徒数が増えることで、一人の教員が対応する生徒の数が増え、個々の生徒に対して深く関われなくなっていったのです。そしてその負担を軽減するために、どうしても不登校経験者や発達障害の生徒に対する教育がシステム的になっていくことに、疑問を抱くことになりました。大学、大学院時代、江戸幕末の学者の一人である「吉田松陰」やその「門弟」の研究を行っていた豊田は、江戸時代の“私塾”のように。一人の中心になる教員のもとに様々な個性を持った生徒が集まり、生徒と教員、生徒と生徒という、人のつながりによってお互いを高め合うこと学習環境を理想と考えました。そしてクラス、授業などという形にとらわれない、新しい概念の学校の設立に至ったのです。(左の写真は高校教員時代の豊田代表。滝野川高等学院の中塚や足名も当時は17歳。この写真にも写っています)
そうした想いから設立されたのが滝野川高等学院です。本校は、フリースクール兼通信制サポート校として、2019年に開校いたしました。当初は、サポート校をメインとした形で発足いたしましたが、現在では本校に通う生徒は小学3年生から大学4年生までと非常に幅広い年代層となっています。生徒たちは、各生徒同士で交流をしたり、自分の目的に沿った勉強をしたりと日々の生活をすごしており、他のフリースクールやサポート校と比較すると全く別物となっています。そのため、現在の本校の枠組みはフリースクールやサポート校という枠組みというよりも、学校でもなく家でもない第3の場所(サードプレイス)としての生涯学習施設というのが近い形です。
そうした想いから設立されたのが滝野川高等学院です。本校は、フリースクール兼通信制サポート校として、2019年に開校いたしました。当初は、サポート校をメインとした形で発足いたしましたが、現在では本校に通う生徒は小学3年生から大学4年生までと非常に幅広い年代層となっています。生徒たちは、各生徒同士で交流をしたり、自分の目的に沿った勉強をしたりと日々の生活をすごしており、他のフリースクールやサポート校と比較すると全く別物となっています。そのため、現在の本校の枠組みはフリースクールやサポート校という枠組みというよりも、学校でもなく家でもない第3の場所(サードプレイス)としての生涯学習施設というのが近い形です。