滝野川高等学院・浮間ラボ 代表 豊田毅
今ではほとんどなくなったのですが、フリースクールを始めて間もないころ、「来月から子どもが学校に通うと言っているので、フリースクールは退会させていただきます」と、不登校者の保護者から電話がかかってきたことが何度かありました。そのときの私は「そうですか、かしこまりました」としか言えることがなかったのですが、電話を切ったあと、「この子が来月から学校に行ける根拠はなんだろうか?」と考えていました。
子どもが不登校になる理由は様々であり、理由が不明であることも多々あります。しかし、再登校できるときは、不登校である原因がある程度取り除かれているときだと思います。たとえばクラスでトラブルがあって不登校になったとすれば、そのトラブルが解消されたとき。担任の先生との折り合いが悪くて不登校になった場合は、相互の妥協点が上手く探れるなどしてわだかまりが解消されたとき。など明確な理由があって学校に行けるとなったときには、フリースクールを退会して学校への完全復帰をするのが自然であるといえます。とはいえ、実際には不登校が今挙げたような単一的な原因であることはほとんどありません。
たとえば、担任の先生との関係性が悪くて不登校になった子どもが、その先生が転任していなくなった後も、再登校には至らなかったというようなケースは多く報告されています。このとき、担任の先生がきっかけで、全ての先生が信用できないという状態になった、と考えることもできますし、そもそも以前から大人そのものに対して不信感があり、それが担任の先生とのトラブルで表出した、という可能性もあります。また学校での授業についていけず、友達関係も上手くいっておらず、先生だけが心の支えだったときに、先生との関係が悪化するようなことが起き、不登校になってしまったということもありえます。この場合でも、原因は担任の先生との関係の悪化ということになるでしょうが、厳密には最終的な「引き金を引いた」のが担任の先生であっても、原因はその他に複数あったということになります。 講演会など様々な場所で度々言及しているように、不登校の原因を特定することは困難であり、環境を作っている側の変化によって再登校が可能になることは稀です。そのため、ほとんどの場合で再登校には「本人の変化」が重要になってきます。そこで、「学校に行ける根拠」を考える必要が出てくるわけです。
フリースクールで生徒を預かるとき、多くの場合、入校以前のタイミングで保護者と面談をしています。そこでフリースクール側は、子どもの保護者から、子どもが不登校になった原因を聞くことがあります。私は原因を聞きませんが、多くの保護者は自分から原因の話を切り出すことがほとんどです。当然、保護者も人ですから、子どもがはっきりと原因を述べていないときに、保護者が推測で子どもが不登校になった原因を話すことがあります。また他にも、保護者が何らかの理由で不登校になった原因を隠してしまうこともあります。たとえば、子どもが長年にわたって複数の子どもと一緒に特定の子どもに対するいじめをおこなっていて、その矛先がついに自分に向いてしまい不登校になったというとき、フリースクール側に、本人が以前いじめをおこなっていたということを隠し、いじめを受けたことのみを述べるといったことがあります。
こうして、子どもが不登校になった原因はさまざまな思惑や、事実誤認などのノイズを含みながら支援者に伝わります。支援者側が、情報の真偽を判明させることは非常に困難であり、なにより学校側に変化を求めることが難しいため、環境の変化ではなく、子ども本人の成長、変化によって、次のステージに繋げていくという方法を取ることになります。そのため、フリースクールでの活動において、生徒のなかに再登校できる根拠のようなものを感じられたとき、支援者側としては「再登校を考えてはどうか?」という提案をすることができます。
しかし実際にはこの提案をおこなうフリースクールは多くないでしょう。理由は複数ありますが、なにより確証がないということに尽きると思います。支援者側が「お子さんは~という理由から、再登校可能だと思います」と保護者に伝えて、実際に学校に行かせてみたら嫌な目に遭い、再び不登校になったとしたら、再登校を勧めたフリースクール側の落ち度ということになりかねません。そのため、フリースクールはあくまで保護者から、「再登校を考えていますが、フリースクールの見解を教えてください」と聞かれた場合にのみ、「~という理由から、お子さんは再登校できる可能性がある」、あるいは「~という理由で、お子さんの再登校は時期尚早なのではないか」といった意見を述べるにとどめているといえます。
ちなみにこの「根拠」には、どんなものがあるかというと、たとえば、クラスメイトからたくさん暴言を吐かれて不登校になったとされている子どもが、フリースクールの活動の中で、他のフリースクール生をあおったり、神経を逆なでる言動を度々おこなってしまったりすることをスタッフが確認できた場合、数か月かけてスタッフたちはその子どもが、他の子どもをあおらないように、他者に対する失礼な言動を減らすように育てていきます。そうした中で、その子どもが、他者とのコミュニケーションが上手に取れるようになりトラブルが起きなくなれば、フリースクール側は根拠を持ったことになります。そんなときに保護者から再登校についての意見を求められたとすれば、「今のお子さんであれば、周囲の子どもたちときっと上手くやれると思います」と自信をもって答えることができるはずです。
こうした根拠がなく、再登校させようとするのは「ギャンブル」だと思います。ギャンブルは成功すれば大きなリターンを受け取れますが、失敗すればせっかく積み上げてきたものを失うことになります。不登校になった子どもはその過程で、少なからず傷を負っていたり、自己肯定感が低下していたりしています。そんな子どもに根拠なく再登校を試みさせ、それが上手くいかずに失敗体験を重ねさせてしまうのは得策であるとは思えません。小さな成功体験を積み重ねて、本当に再登校して大丈夫だと、保護者も支援者も本人も思えたとき、初めて再登校、という流れでよいのではないでしょうか。また、「学校に復帰させるから、フリースクールを辞める」というのではなく、「学校に復帰したとしても、休みたい日はフリースクールに通ったらいい」という逃げ場を用意してあげるものも保護者としては大切な視点だと思います。
滝野川高等学院
住所:東京都北区浮間1丁目1−6 KMP北赤羽駅前ビル3F
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