「不登校時代の私と、今の私」

query_builder 2020/07/05
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滝野川高等学院 付近のグランドの夕日



自分や人と向き合うことができなかった

中学時代の3年間

中学1年生の頃の私。不登校になり始めた夏の写真。

私は中学時代まで、上手くいかないこと、ツライことがあるたびに、人のせいにして、自分の短所には向きあわず逃げて家族やたくさんの誰かを傷つけてきた。

高校生になって、自分に向きあわなきゃ変わらないと思って覚悟を決めた。

でもそんな単純でもなく、教室が騒がしかったり、人との会話が上手くいかなかった。

「○○さんが静かにならないと、教室に入れません」

と先生を困らせた。挙句の果てには、心配してほしくて人の注目を集めたくて、学校のトイレで左腕を思いっきり引っ掻き、自分を血まみれにした。今でもその傷は大きな跡になっている。

人を信じるというのは怖いこと。

自分の行動や言動を否定されたら、自分の存在を全否定されている気分で「死ね」「死ね」と何度も言われているようだった。

中学時代は適応指導教室や相談室、一時期精神面や体型の問題で病院に入院しながら支援学校に通っていたこともあった。当時は精神薬を1日30粒ほど飲んでいた。

ただどこでの生活も長続きしなかった。

私は態度が悪い、言うことを聞かないという理由で入院して1か月そこそこで病院側から追い出された。当時は、

「看護師が無茶なことをいうからだ、私は何も悪くない。」

とむしろ病院側を恨んでいたが、今振り返ると、私の行動や言動に問題しかなかった。

周囲の同世代のこどもたちは誰も看護師や先生対して反抗する人はいなかった。

と客観視して自分の問題行動を俯瞰することができる。

しかし、このような意識の変化も、ものすごい苦労や失敗の上で手に入れたものだ。

人は私の変化を「〇〇ちゃんは賢かったからできたんだよ」とか「もともとあった能力」とかいう人がいるけれど、そんなことはあり得ない。

中学時代人間関係で不登校になって、強がってヤンキー崩れみたいになった。教室に入れた際は嫌いな先生の授業だったら、机を蹴飛ばして教室から逃げ出して、クラスのみんなに迷惑をかけた。

それでもみんな1人ひとりが授業の時間を使って関わりの少ない私のために手紙を書いてくれた。巷では不登校の子どもにクラスのみんな手紙を書くのは迷惑とか、余計に苦しめるって声もあるけれど、私は当時すごく嬉しかった。

中学2年生の夏。不登校になって一番苦しい時期だった。

中学2年生の時は、行きたかった修学旅行を旅立つ前日に諦めた。

担任や学年の先生もたくさん配慮してくれたけど、みんながいる場所にはいけなかった。

別に誰かが悪いわけではない。

自分が入れなかった。ただそれだけ。

それなのに、担任の先生や副担任の先生はお土産まで買ってきてくれた。

今思えば、自費で出してもらうには高価なものだった。

きっと私が修学旅行に行けなくて悲しんでいると思ったからわざわざ買って、そして家にまで届けてくれたのだろう。

自分はとても弱くてもろい存在だ。

髪を染めたり、ピアスを開けたり、制服を着崩したり…。卒業アルバムに写る際は、みんな制服なのに、先生からとてもお願いされたのに、ジャージでそれも保健室でわざわざ写真撮影をしてもらった。当時は、自分のことしか見えていなかった。

先生にも同級生にも、いろんな人にもたくさん苦労をかけた。

父は単身赴任生活になっていたのに、私の状況を考えて自分の家から勤務できる店にわざわざ無理をいって変えてくれた。

特にお母さんは、適応指導教室に行くときも、車で1時間以上かかるカウンセリングや病院に行くときも学校に行くときも、自分は1人で電車に乗ることも外に出歩くことも人の視線が怖くてできなくていつも付き添ってもらって、迷惑ばかりかけた。

私は中学時代、自分が苦しいツライ、いつもみじめでみんなから否定されている、って思っていたけれど、

今では・・・そんなこと絶対思えない。

なぜなら不登校だった自分は当時自分を被害者と思っていたが、自分が自分や他者に向きあおうとしない間に、誰かの期待を裏切り、誰かの優しさを踏みにじっていることもたくさんしてきた加害者でもある事にも気づいたからだ。

高校に入って、

自分を信じること他者を思いやることを学んだ。

高校に入ってからは、信じることを、時間をかけて学んだ。

たくさんの飲んでいた薬も、1人の先生を信じる中でやめることができた。

ただ一瞬で人を信じられる訳なんてない。

本当に長い道のりで、たくさんの人に救われた。

昼夜逆転して夜眠れなくて、朝学校に行けない日は、友達が電話やLINEで起こしてくれた。

夜が不安でたまらない日は、朝までずっと連絡してくれる人もいた。

高校1年生の頃の私。やっと学校に行けるようになった時期。

1年生の5月に行われた遠足は休もうとしたら、友達が呼んでくれて途中から参加することができた。私はたくさんの人に支えられて、たくさん裏切って、それでも優しくて私を信じてくれるたくさんの人に触れたから変わることができた。

でもどんどん成長はしたけれど、高校3年生になっても、自分では気づかぬ間に人の心を殺すようなことや、人が言われたくないこと、人が嫌がることをして、傷つけた。

今だから分かるけど、当時はどうして自分が怒られなきゃいけないのか、本当に分からなかった。きっと大学生になった今も、自分は自分の言動や行動で人を傷付けている。

分からないけれど、嫌な思いをさせてしまったことは、学生生活の中で何度もあっただろう。人間失敗することはあるし、人から苦しみを受けることもある。

それでも、みんな活路を見出そうとしたり、許したり、分かち合ったり…。

どんな優しい人も強い人も自分が嫌いな人ですらみんな、人との距離感や言葉、相手を思いやって生きている。

一方的に悪い人、一方的に傷つけてくる人は確かに存在する。けれど、自分と他者の関わりの中では一握り、もしくは1人もいない、それが正しいと思う。

嫌いな人ばかり、敵ばかりが自分の周りにいると思っていた中学時代。

本当は自分がその人々と向き合おうとすれば、自分自身と向き合おうとすれば、みんな自分に手を差し伸べてくれる支援者だったんじゃないだろうか。

この人苦手だな、と思ってももう少し関わってみると、とても良い人だったというケースは多くの人が感じたことがあるはずだ。

人間見た目じゃない。

人を信じることは容易ではないけれど、裏切られる可能性におびえていたら何も出来ない。一度信じて見たなら、信じ通してみないと、変わらない世界がある。信じ通せなかったら、悪いのは自分。裏切ったのは自分。人生の中では覚悟しなきゃいけない瞬間がいくつかある。私は高校時代だった。そして今もそれは更新され続けている。だからこそ、前を向いて、たくさんの人に囲まれて生きていけているのだと思う。

~今、私が思うこと。~

私はいつも心がけていることがある。人と関わるとき、人と会話するとき、相手の感情や心にまで配慮して話す意識を持つこと。何気ない会話にも相手を傷つける可能性のあるワードがあるということ。そうやって生きていたら、おのずと周りの人も優しくしてくれる。

自分のことを大切に扱ってくれる。

人に期待してばかりでは、自分も人も苦しむばかり。

「でも、だって」という前に、できる方法を探す。やろうとする。

信じて、精一杯努力して、それでもできなかったら、その時は仕方がない。でもその気持ちや頑張りは絶対無駄じゃない。自分を一歩進めている。それは絶対。まずはやり切る。人は変えられない、でも自分は変えることができる。ホントそういうことだと思う。

そして自分が変われば、きっと、ほとんどの場合人も変わる。

私の経験を読んで、もし、立ち止まって考えてくれる人がいるなら、とても嬉しいことだ。

文:京都女子大学 3年 足名笙花
(滝野川高等学院 スタッフ)

<代表より>

足名さんは、不登校の生徒がどちらかに寄るとされる2つの傾向、「非社会性」と「反社会性」。この2つの間で揺れ動いた生徒だといえます。

この2つの傾向は、「非社会性」に寄れば、社会のなかに入っていけず、ひきこもりとなります。一方、「反社会性」に寄れば、いわゆる非行に走っていくことになります。

不登校は、学校になじめない、家庭に問題がある、学校でいじめられた、担任の先生と合わない、など様々な要因で引き起こされます。不登校生徒にあらわれる変化は、大きく分けてこの2パターンとなります。

中学時代の足名さんは外から見ると、反社会性的な行動を取っているようにみえます。しかし、内側では深い孤独と人と関わることへのあこがれを持っています。そして、何より「人への期待」を持っていました。

ですから、人が自分の思うような行動を取ってくれないことに失望し、人を恨み、怒りを外(他者)に向けつつ、それでもどうにもできない感情を内(自傷行為)に向けていたのです。

他者への怒り、「他責」は不登校生徒やその保護者にみられる典型的な傾向で、

「この世の中、社会は間違っている」

「人は裏切る。信用できない」

「味方は~だけ」

というような偏った考えになってしまいます。

もちろん、他者から危害を加えられているということも、社会から自分が排除されているということもまた事実としてあるでしょう。

しかし、社会や人が、思い通りに変わってくれるということはまずありません。

そうなると、自分が変わるか、あるいは社会と関わらない生き方を探すか、の二択にななります。もし後者を選んだとすれば、金銭面で生活が維持できないという大きな問題が出てくるでしょう。

足名さんは、通信制高校進学と同時に自分を変化させようとしました。しかし、最初は「他責」がどうしても抜けきれず、自傷をおこなってしまっていました。

それでも、高校の先生や同級生、先輩、そして家族の支えがあり、徐々に他責から良い意味の「自責」へと移っていきました。

わかりやすく言えば、「自分も知らないうちに人を傷つけている」という感覚を得たのです。この感覚は、非社会性の状態から社会性を獲得していく過程のなかでとても重要なものです。

それからは不登校傾向が劇的に改善され、3年間のうちにたくさんの成功体験、そして挫折体験を繰り返しました。洗練されていった足名さんは、通信制高校で生徒会長をつとめ、たくさんの同級生後輩から慕われるようになりました。

勉強面でもめきめきと実力をつけ、他県の有名大学への合格を果たしました。大学でも、成績上位者に給付される奨学金を獲得するなど、順調にライフキャリア(人生の物語)を描きながら進んでいます。

おそらくこれからも、人から傷つけられるだろうし、人を傷つけてしまうこともあるでしょう。大きな挫折もあるからしれません。

しかし、それも全て、

「他者がいて、自分がいる。そんな社会のなかで起こること。悪いことがあれば、良いこともある。」

と考えて前に進むことができるでしょうね。

足名さんは、自分でも言っているように、他者より秀でた特別な才能があったわけではないのかもしれません。しかし、人を大切にする気持ちや自分の短所を認め、克服することができる素直さ。そして何より、目標に対して努力を惜しまない勤勉さがあったのではないでしょうか。

これらは、新しく身に付けたものではなく、もともと眠っていた足名さんの美徳です。不登校の生徒はどうしても、欠点ばかりに目がいってしまいますが、長所、美徳もしっかりと備わっています。それが、短所に隠れて、見えていないだけ。

足名さんの経験談は、不登校の生徒に眠る可能性について、私たちに改めて気付きを与えてくれる素晴しい文章です。

(滝野川高等学院 代表 豊田毅)

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