誰もが悩む「生きる意味」を考える

query_builder 2020/07/05
Where Abouts
e383a9e383b3e3838be383b3e382b0


今回のテーマは「生きる意味」です。
哲学的ですね。

皆さんは、「どうして自分は生きているんだろう」とふと思ったことはありませんか?
私もたびたび考えることがありましたが、その都度「楽しいことがあるからかな?」「死ぬ意味の方があんまりないからかな?」と、微妙に納得しきれない答えのまま終わっていました。

今回は私自身が納得する、「これがあるから生きているのかも!」という答えが得られたので、あくまで一意見ではありますが記していきます。


「どうして自分は生きているんだろう」

今回悩み始めたきっかけは、先日八王子の高校一年生が拳銃自殺した事件です。この事件だけではなく、緊急事態宣言が解除されたことで全国の学校が登校を再開させたタイミングで子どもが自殺してしまう事件が増えています。心苦しいです。

どうして死を選んでしまうのでしょうか。
比べることはできないかもしれませんが、私も不登校時代には生きている理由が見つからず、包丁を握ったこともありました。

私だけではなく、思春期に「どうして自分は生きているんだろう」と思い悩んだ経験のある人はたくさんいるのではないでしょうか。それでも、ほとんどの人は何だかんだ生きています。私はまだ生きている理由を明確に持っていませんが、それでも生きています。
どうして死を選んでしまうのでしょうか。

もちろん人によって理由は様々あるはずですが、学校への登校が再開したタイミングで事件が増加しているので、学校が辛いからというのは間違いないでしょう。では、学校が悪いのでしょうか?私はそうではないと考えています。

確かに、学校側が生徒の状態を正確に把握し、適切な援助ができなかった点には大きな問題があるでしょう。力のある教員を数多く確保して教育体制を整えるべきですし、これは全国的かつ長期的に取り組むべき課題です。

しかしこれは長期的に取り組むべきものであって、今すぐどうにかできるものではありません。それに、学校にのみ問題があるわけではありません。もっと包括的に、子どもを囲む全ての環境によって、子どもの成長は大きく左右されるはずです。

では苦しむ子どもに対して、私たちはどんな支援ができるのでしょうか。
そのために、「どうして自分は生きているんだろう」という問いを更に深めてみましょう。問いを深めることによって、死を選んでしまう理由と死を選ばせない支援を考える一助になるはずです。

多くの人は「どうして自分は生きているんだろう」と思い悩んだことがあったとしても、生きています。私のように、その正確な答えが見つからないまま、それでも元気に生きている人もきっと多いのではないでしょうか。

ここで新たに、「なぜ人間は生きているのか」という問いが生まれます。例えば人類が明日突然絶滅したとして、一体誰が困るというのでしょう。地球はむしろ喜ぶかもしれません。こう考えてみると、ますます人間が生きている理由が分からくなってきました。


生きるために必要な「役割」

答えを出せなかった私は、滝野川高等学院代表の豊田毅氏に聞いてみました。
「どうして人間は生きているんでしょう?」
翌日、豊田氏はこんな意見をくれました。
「人が生きているのは、義務があるからじゃないか?」


義務というのは、自分がやるべきこと役割使命感のようなものです。
人間には3つの行動があると考えられます。

・やりたいこと
・やらなければいけないこと
・やるべきこと

の3つです。このうち、「やりたいこと」というのは分かりやすいですね。誰もがこれを求めています。

対して、「やらなければいけないこと」と「やるべきこと」というのは違いが少し分かりづらいかもしれません。
やらなければいけないことの裏には「実はやりたくない」という感情が隠れています。それでも、人生には嫌でもこなさなければいけないことがたくさんあります。

やるべきことはそういう次元の話ではなく、自分が社会の中でどんな「役割」を任されているのかという自覚のことだといえます。
例えば自分が医者で、自分が持つ医療技術でないと助けられない人がいたとしたら、そこには必ず役割や「使命感」が生まれるはずです。

しかしそれほど大規模でなくとも、役割はその場その場に存在します。「ポジション」と言い換えても良いかもしれません。部活の部長や生徒会長、家の風呂掃除係やインターネット上で誰かの話し相手になるというのも、役割やポジションと言えるでしょう。
大小問わず、そうした役割を少しずつ与えられて、明日自分がやるべきことがある状態になれば、今日を生きる理由になりうるということです。


今回の事件に限った話ではないですが、自分に何の役割も無い状態というのは、生きることに違和感を持つ原因の1つになるのかもしれません。
とはいえ自分の役割を自覚するというのは、どれだけ小さなことであっても簡単なことではないはずです。まして、思春期の頃は特に見つかりづらいものだといえるでしょう。


どのようにして役割を見つけるか

役割を見つけるために必ず必要なこととして、1つ挙げられます。
それは、「人と関わること」です。

人と関わらなければ、自分の役割を見つけることはできません。家の風呂掃除係をやるにしても、家族との関係がなければ成り立ちません。そのため、人との関わりが比較的少ないひきこもりや不登校の子どもは役割を見つけることが難しく、生への執着が薄れていってしまうのかもしれないのです。

私が不登校生だった頃も、自分の存在意義が見つけられず、生きることに疑問を感じることが多々ありました。
よく、やりたいことが見つかれば生きたいと思うようになると聞きますが、それは少し違います。

人との関わりがない状態でのやりたいことというのは、つまり自分の中で完結するものであることが多いです。私が不登校生だった頃のように、自分の存在意義が見つけられない状態では、自己完結のやりたいことをやるだけで生きたいと思うようになるのは難しいです。ただひたすら自己中心的に生きる、ということになりかねません。

であれば、人との関わりが少ない状態で追い詰められている人に最も必要なのはやはり役割なのではないでしょうか。役割を与えられることで、自殺に向かってしまう人は減っていくのかもしれません。

頑張って役割を担って社会的立場と自己肯定感を手に入れて、やりたいことを心の底から突き詰めて目一杯楽しんで、やらなければいけないこともきっちりこなせる大人になっていく・・・
こんな風に生きることができたら、それはとても素敵なことだと思いませんか?


終わりに

今回は、「なぜ人間は生きているのか」ということと、そこから見える「生きたいと思うようになるためにどんなことが必要だと考えられるか」ということについて書きました。とても哲学的なテーマですが、今回このようにまとめてみて、私自身考えが整えられた気がしています。

今回書いたこの意見が必ずしも正しいとはいえないかもしれません。ですが、答えがないものほど時折立ち止まって、しっかりと考える必要があるのではないでしょうか。


文:東洋大学3年 戸口瑛介
(滝野川高等学院スタッフ)

NEW

  • 誰でもできるストレス解消法 ~効果的にストレスを対処しよう~ 滝野川高等学院広報 足名笙花

    query_builder 2020/07/10
  • 外出自粛と大学生

    query_builder 2020/07/05
  • 自粛が空けてもステイホーム!進路のために自分と向き合おう

    query_builder 2020/07/05
  • 不登校に対する世間の考え方と 現実の厳しさ -通信制高校の実体を踏まえて 不登校生の多かった通信制高...

    query_builder 2020/07/05
  • 誰もが悩む「生きる意味」を考える

    query_builder 2020/07/05

CATEGORY

ARCHIVE