教育実習をしてみて感じた 学校現場に対する疑問と不信感

query_builder 2020/12/11
機関誌『居場所研究』
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 こんにちは滝野川高等学院スタッフの足名です。

 

 今回は先日行ってきた教育実習ブログ第2弾です。前回書いたブログの中でもお伝えしましたが、今回のブログは私が教育実習期間で感じた、学校や教師に対する疑問や学校現場・教育実習の形態の課題についてお話していきたいと思います。


・教育実習ってスーツで行く必要、本当にあるの?  動きづらく寒かった2週間。

 まず教育実習では前提として黒のリクルートスーツで毎日登校することが大学での研修でも何度も言われますよね。私も大学が発行している教職を専攻している人向けのハンドブックを見て何度も学びました。


 しかしいざ教育実習のため中学校に行ってみると…「校長先生以外スーツの先生がいない‼」こんな経験皆さんしませんでしたか?私はまさにその状況でした。どの先生も皆さん思い思いのジャージ姿か私服。やはり学校現場では動きやすくて冬はあったかいそんな服装が一番なのでしょう。そんな中に黒スーツの実習生が3人。まさにアウエー感が漂っていました。しかし実習生はスーツ姿が慣例なのか、中学校内で行われた研修会でもスーツを着るようにと言われました。


 私は中学校まで実家から自転車で通っていたのですが、タイトスカートでは自転車を漕ぎづらいですし、とても寒く芯から体が冷えていくのを感じました。また実地授業では黒板のチョークの粉がスーツの肩や腕あたりについてしまい、目立つだけでなく汚れを取るのも大変でした。こんな服装に意味があるのか不思議な2週間でした。スーツを着る必要性、根拠を示してほしいものです。


・教育実習日誌の手書きの必要性は?非効率な実習内容。


 私はスーツ着用以外にも疑問を感じていたことがありました。その1つが教育実習日誌の記入法についてです。教育実習日誌とは各大学が発行しているもので、これを実習期間に書いて後程大学に提出することで、教育実習が完了したとみなされる大切なものです。

私が実際に書いていた教育実習日誌。2週間の実習でパソコンに打ち込んだ文字は約30000字。  ボールペンで清書した文字数は約16000字。その他は学習し指導案の作成に関する文字数。


 私はこの教育実習日誌が全て手書きでボールペン記入だったことに疑問を感じました。なぜならただでさえ時間がない教育実習期間に、日誌だけで1日約2000字書かなくてはならなかったからです。それもボールペン記入であるため、日誌の記入欄の幅を考えながら、まずはパソコンで文章を考え、完成したものをボールペンで清書しました。1日の記入量を考えるとこれだけで早くても1時間半はかかりました。このため学校でも時間を見つけては教育実習日誌の作成に追われ、本来であれば生徒と関わりたかった時間も奪われてしまいました。


 家に帰ってからやればよい、という意見もあると思いますが、帰宅が19時20時頃でその後は授業準備が待っていたため、これでも2週間の睡眠時間は平均4時間です。少しでも家でやることを減らしたと思うのは自然な流れでしょう。

 もちろん睡眠時間が短いため2週目はふらつくこともあり、パフォーマンスが落ちていることも実感していました。このため実習日誌は簡略化し、わざわざボールペンで清書しなくともパソコンで記入したものを印刷する形でよいと私は思いました。実習日誌に追われる教育実習はプロセスを重視し、目的を見ていないようにしか感じられませんでした。


・子どものためって本当?寝る暇がないのが当たり前?  ブラックな学校の慣習  



 しかしこんなに寝る時間を削って実習日誌や授業準備をしたのにも関わらず、指導教官は一切褒めることも私の士気をあげるような発言行動をするわけでもなく「子どものためだから当たり前だ」といった一辺倒な発言しかしませんでした。    


 また学習指導案の細案(大体5000字以上)に関しては研究授業があるといえども、あまりに細かい訂正や内容の追加を強要され、半ば指導教官の脅しのような形で、土曜日にも学校に行くことになりました。    

 

 私は実習生という身分ではありますが、指導案の作成に時間を割くよりも休日はしっかり休息を取り、教材研究に時間を使い、より生徒が分かりやすく興味関心をもって授業に取組んでもらえるような授業構成を考える時間に休日は使うべきという思いがありました。また私は大学での経験しかありませんが、大学2、3回生の時に約10以上の指導案を様々な授業で作成してきました。しかしながら私はどの講義でも高評価しか取ったことがありません。大学の指導案作成の評価は決して甘いわけではありません。基礎がしっかり書けていることを評価していただいたのだと思っています。    


 私は考えます。学習指導案を作成する理由は、授業を円滑に進めるための計画書であり、本人が理解できる内容であればよいのではないか。基礎がしっかり書けていればよいのではないか。そして実際に現役の先生になったときに、研究授業や公開授業で必要があれば指導案を書けばよいのではないか。と。    


 学習指導案を作成する際は基本的な書式もありますし、中身が重要視されることも分かりますが、学習指導案の作成に何時間もかけるようなことが本当に正しいのか、私には本当に疑問でした。    


 結局私は土曜日に学校に行き5時間もかけて指導案を修正しました。先生も大変という意見もあるかと思いますが、結局先生の好みの指導案に作り替えられただけで、中身はたいして変わりませんでしたし、私には無意味な時間に思えました。そして指導教官の方から、「部活指導の時間を削ってやってやってるんだぞ。」と言われましたが、そもそも土日の朝から夕方まで部活なのがおかしい話ですし、先生自身も毒されているように感じました。


 私は教育実習期間何度も「子どものため、生徒のため」という言葉を聞きましたが、いくら子どものためといえども、精神と体力を削るようなシステムに妥当性は感じられませんでした。また私は教育実習生という身分です。このようなブラックな教員の実態を体験することに何の意味があるのか分かりませんでした。  


・学校が教育実習生を受け入れる理由  


 学校が多忙な中で教育実習生を受け入れる理由は何なのでしょうか?    


 それは将来の有望な教員の確保が主な理由であるはずです。    


 しかしながら私は今回そのような感覚はあまり受けず、歓迎どころか、あまり受け入れたくないのだろう、という全体的な先生方の雰囲気を感じました。子どもには子どもためと称して行動しますが、同僚や実習生に対しては、そのような気持ちを向けることができないように感じました。


 近年学校の勤務体制の問題化が顕著になり、全国的に教員になる人が減少傾向にあります。現役の教員の中では精神的に追い詰められ、病気になってしまう先生がいることも事実です。つまり「子どものため」という理由だけでは、厳しい環境が学校には内在しているのです。    


 私は今回の教育実習の中で「子どものため」という言葉を幾度とも聞きましたが、それは本当に子どものためなのか分からないことも多々ありました。生徒と教員は違います。しかし教員は生徒たちの社会の先輩という一面も持ち合わせているはずです。    


 こんな教員になりたいと思わせるだけでなく「こんな働き方がしたい」「この先生の性格や人間性を見習いたい」と思わせるのも教員の役割だとも私は考えています。    


 このため今回の教育実習は私に   「教育現場に関わらなければならない」「教育現場を変えなければならない」    


 という気持ちは高めましたが、学校の先生になりたいという気持ちは大きく下げる結果となってしまいました。  


・おわりに -よりよい教育現場を目指して-  


 私は今回の教育実習で得たものもたくさんありました。支えてくださる先生方がいたのも事実です。しかし・・・どうしても理解できない環境がそこにはありました。これからの未来を担う子どもたちを育てる場として、学校はもっとできることがあるのではないか。今回の教育実習を通して私は思いました。    


 教育実習生は素直です。何の忖度もなく学校現場を見ています。教育実習生が生きづらい学びづらいと思う環境は、きっと多くの先生方にとっても生きづらい環境を作っていると思います。私は今回の教育実習を通して感じたことをこのブログという形で残します。これから教育実習を行う学生や子どもたちが「学校の先生になりたい‼」と心から思えるように、学校現場で働く教員が仕方がないと慣習を嘆くのではなく、不必要な慣習は捨て、より柔軟に前向きに働くことができる教育現場を作ることができるような大人に、社会に働きかけ発信できる大人に私はなりたいと思います。  

 

 今回もお読みいただきありがとうございました。

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滝野川高等学院

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