-滝野川高等学院の開校によって強くなった
後輩に対する気持ち-
滝野川高等学院教務 足名笙花
こんにちは、いつもの足名です。
今回のブログは私が最近身近に感じている「人に頼ってもらえることの幸せ」
についてつづっていきたいと思います。
【目次】
- 滝野川高等学院開校前の秘話-高校時代の私と後輩戸口-
- 滝野川高等学院開校-元不登校の考える頼られる幸せ-
滝野川高等学院開校前の秘話
‐高校時代の私と後輩戸口‐
滝野川高等学院は、皆さん既にご存じかもしれませんが、私の高校時代の恩師である豊田先生と、その生徒であり私より4つ上の先輩中塚さん、私、そして1年後輩の戸口という4人を中心に運営しているフリースクール・通信制高校サポート校兼学習塾です。
この中で私の高校時代の後輩戸口とは、当時野球部での活動や進学クラスの授業など大体同じ空間にはいるものの特別関わりがある存在ではありませんでした。知っていたことは、有名私立中学校から入学した頭の良い後輩、というような情報だけで、豊田先生が戸口に対してはちょっと贔屓気味なのが当時はとても鼻につきました。笑
私は特別頭が良いというわけでもなかったですし、本当に地道な努力と、しっかりしようという意識の上に成り立っている存在で、
地頭もよく、同級生や先生からも人望も高かった戸口に対しては、少し複雑な感情も持っていました。
しかし高校時代の戸口に対しては上記にあるように様々な感情は抱いているものの、なにぶん直接的に関わることはあまりなかったので、私自身は、深い印象はありませんでした。
そんな戸口と本格的に関わり始めたのは、2018年の夏「滝野川高等学院を開校する」といった話が出てからでした。
その1年前。様々な事情があり豊田先生が、戸口たち高校3年生組を見ることができないまま学校を離れました。季節は夏。戸口はもちろん受験生。
豊田先生にとっては不本意な辞任だったため、豊田先生は学校を離れながらも戸口のいる高校3年生の進路相談に乗り続け、大阪と三重という遠方ながらも受験指導を継続していました。
そして戸口は高校卒業後ギリギリの3月末に、東洋大学に合格。もしここで合格が出なかったら私の住む京都に移住して進学塾に通う予定だったようですが、入学式の数日前に東京に引っ越してきました。
当時東京に住んでいたのは、大学院に通っていた中塚先輩と、戸口と同時期に東京の学校に転任した豊田先生でした。ここで私以外の滝野川創設メンバーが東京に集結します。
そして豊田先生が東京に住み始めて半年たった頃、本格的に滝野川高等学院創設に向けた活動が始まりました。
滝野川高等学院開校
-元不登校の考える頼られる幸せ-
当時私は京都在住の大学2年生。直接的な活動はあまりできませんでしたが、クラウドファンディングで資金を集めるなど、水面下で活動をしていました。
そして滝野川高等学院が開校してからは月に1度。多い時は2、3度東京に来て、活動していました。その頃でしょうか。高校時代はあまり会話する機会もなかった戸口と話をするようになりました。
関わり始めた初期の頃は、お互いあまり印象自体なかったと思います。高校が同じで、何度か関わりがあった先輩、後輩。そんなところじゃないでしょうか。
しかしこの1年でしょうか。戸口の方から私に話しかけてくれる機会が増えました。昨年度は私が大学4年生で卒業論文の作成や大学院入試を控えていたこともあり、戸口自身自分の将来について考える機会が増えたのでしょう。お互い真剣な話をすることが増えました。そして高校時代は無かった感覚ですが、今では私自身は戸口に対して「先輩・後輩」という感覚を強く持っています。
今年は戸口が卒業論文や院試を控え、私に頼ってくれる機会も増えています。
私はこのような後輩がいるからこそ、頑張れるのだと最近強く思います。
戸口は大学で2年連続で専攻トップの成績で表彰されています。私も大学時代は成績優秀奨学金に2年連続で選ばれましたがトップ成績ではありません。私は戸口のように聡明な人間ではありませんし、物覚えも悪いです。また今は私が東京に住み始めて2か月ということもあり、滝野川高等学院の運営や学習塾の活動などは私が戸口に頼りきりです。
ですが、私の今までの頑張りや結果、そして生き様を戸口はしっかり見てくれているような気がします。
私自身戸口やその他の多くの後輩、そして滝野川高等学院の生徒が頑張っているからこそ、「先輩として」「スタッフ」としていつも負けていられないという気持ちが湧いてきます。同じ数学の問題を解いたら負けるかもしれない。でも私が挑戦するあらゆる出来事、そしてあらゆる活動に対して、戸口やその他の人々は尊敬して頼ってくれているのかもしれません。
元不登校の私は今こう考えます。
頼ってもらえることは本当に幸せなことだと。
頼ってもらえる存在に成長することは大変なことだけど、
すごく充実した日々だと。
不登校だったころの私は、あらゆる人やモノに頼って生きてきました。私が何かを人に与えたり、人の助けになるようなことが出来たことは1度もありません。
しかし今は様々な人から頼られる存在として生きている。そして時には人に頼って生きている。この割合がごぶごぶな状態が私の日々を充実したものにしている気がします。ギブアンドテイク。助けるばかりではなく、助けられるばかりでもない。助け合い分かち合い生きていく。この幸せ。
今、私は人間らしく生きています。
この幸せを噛みしめて生きています。
これから戸口は教育実習や大学院入試、そして卒業論文を迎え、1年の間に大きく成長すると思われます。先輩も負けません。いつまでも「先輩」として存在出来るように、私は今日も生きていきます。とりあえず今週から戸口が教育実習に行ってしまい、滝野川高等学院は人員不足に陥っているので、穴をあけないように私も奮闘します。
そして先輩としての意地を見せるつもりで7割頼られ、3割頼るくらいの感覚で、戸口や私を頼ってくれる人々に対しては、背中を見せていきたいと思います
今回は滝野川高等学院の創設秘話と合わせて、スタッフ戸口と私の過去、そして元不登校として「頼られることの幸せ」について書きました。
whereaboutsではいつでもコメント・いいね♡をお待ちしています。
今回もお読みいただきありがとうございました