不登校に対する世間の考え方と 現実の厳しさ -通信制高校の実体を踏まえて 不登校生の多かった通信制高校出身者が今思うこと- (滝野川高等学院スタッフ 足名笙花)

query_builder 2020/07/05
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 前回は私が不登校になった経緯から今大学で学んでいること、滝野川高等学院のスタッフとして活動していることなどについて記述しました。

 今回は私が不登校から立ち直るキッカケとなった出身高校である通信制高校での体験談から、不登校に対する世間の考え方と現実の厳しさについて、「私の視点」で書いていきます。

目次…

  1. 通信制高校とは??
  2. 通信制高校のメリットとデメリット
  3. 生きづらさと向き合うということ
  4. 安易ではなくとも…不登校なら通信制高校に進学!!の深刻性
  5. 進学した方が良い理由
  6. 「辛かったら学校に行かなくてもいいよ」という言葉の真意について   -自己責任との闘い-
  7. 社会は変えられない。でも自分は変えられる。              -元不登校が支援者となって思うこと-
  8. まとめ


1.通信制高校とは??

 

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通信制高校とは一般的に、普段は学校に通わず所属している高校から出される単位ごとの課題(主に映像授業や科目ごとのプリント)やレポートを期限内に提出し、多くの場合年に1度「スクーリング授業」という通信制高校の校舎や通信制高校の提携している教室で実際に授業を数日間受け、進級、卒業することができる形態の学校です。このようなシステムから、特徴として住んでいる都道府県ではない高校であっても、スクーリングにさえ行くことができれば、在籍したい通信制高校を全国から選ぶことが可能です。

 しかしながら私が通っていた通信制高校は上記のような一般的なシステムではなく、月曜日から金曜日まで通常の高校のように学校に通う全日コース、毎週水曜日の夕方だけ学校に来て授業を受け課題をおこなう水曜コース、主に働きながら毎週土曜日の午前中に学校に通い高卒資格を目指す土曜コースという3つのコースに分かれており、どれもが学校に毎週通うことが前提となった地域密着型の学校形態でした。

視覚化すると、

・全日コース(月~金曜日 朝から夕方まで)

 →不登校や発達障害、学習障害、やんちゃ系、勉強嫌いではあるが特に問題を抱えていない生徒。

・水曜コース(水曜日の夕方から夜まで)

 →重度不登校、引きこもり、若干名大人、アルバイトや仕事をしながら通う人、等。

・土曜コース(土曜日の朝から昼過ぎまで)

 →基本働きながら通っている大人、ヤンキー系。

 という分け方がされていました。

 基本は入学してから卒業まで一貫して同じコースに行きます。しかし全日コースに入ったけれど「やっぱり学校に行けない…」という人は水曜コースに移ります。また全日コースに入ったものの、朝から夕方まで毎日勉強したくない人、全日コースは制服や学校の規則もその他の高校と変わらずあるため、もっと自由に生きたい人、もっとやんちゃな”高校生ライフ”を送りたい人は土曜コースに移ります。また逆に水曜コースだったものの、勉強もしたい、いわゆる高校生活を謳歌したいという人が全日コースに移動してくる場合もあります。土曜コースから全日コースに移動してくる人も、私自身は見たことがない気がしますが、いたのではないでしょうか。

 全日コースは基本1学年大体25人1クラス。私の下の代から25人2クラスに増えました。土曜コース・水曜コースは各学年20人未満だったと記憶しています。コース移動が激しい学校だったので、全日コースであっても、土曜コース・水曜コースに友達がいるのもよくある光景でした。また、水曜コースは水曜日の放課後から学校に来るので、放課後部活をしてる時や勉強をしている際にすれ違うほど身近な距離感でした。

2.通信制高校のメリットとデメリット

 ここからは私が通っていた全日コースの話に移ります。全日コースの環境としては、小・中学校不登校の子、家庭的に何らかの問題を抱えている子がクラスの大半を占めていました。みんながみんなを気遣うクラスで、とても居心地が良かったことを覚えています。また出身校である通信制高校では、授業時間と放課後、部活、課外活動、修学旅行、さらに全日コースには既定の制服もあり、良い仲間にも恵まれ、いわゆる普通科高校と変わらない環境で高校生ライフを満喫できた日々でした。しかしながら一般的な通信制高校とは異なる形態を持った学校でもあったので、私の体験はとても特殊なものだと思います。なお通信制高校は基本的に上記で説明した1年に1度のスクーリングを謳っている学校形態がほとんどであり、学校施設の決まりなども細かい規定があるわけではありません。そのため母校の通信制高校には教室と職員室、小さな図書室はありましたが、理科室や保健室など通常学校にあるはずの教室、並びにグランドや体育館などはありませんでした。

居心地の良い居場所であった母校ではありますが、それゆえの問題も抱えていました。

 それは元不登校の生徒が多い学校であり先生も同級生も先輩も後輩も優しい分、更には通信制高校というシステムゆえに人間関係、出席日数や遅刻、早退に対するルーズさ、学校の授業のレベルの低さ、テスト後の救済措置の豊富さなどが相まって、多くの人が自分の弱さや甘さに浸ったまま卒業していったことです。それゆえせっかく入社することができた就職先でやめた、頑張って合格を勝ち取った進学先で勉強についていけなかった、日常生活がままならず学校をやめてしまった、休学して連絡が取れなくなってしまった、などといったケースの人が数えきれないほどいました。通信制高校といえば、いわゆる年間に何日かのスクーリングがあって普段はレポートを書いて提出するような学校がイメージされますが、母校はそうではなく学校に来て赤点でもよいからテストに参加して補講を行えば卒業できてしまうシステムだったので、それすらも満足にできない人はその後本当に苦労したと思います。

 また先に記したような家庭に何らかの問題を抱えた人が多かったので、高校に来るまでに満足した家庭教育を受けていない人もいましたし、経済的な問題で専門学校や大学に子どもを行かせなかった親もたくさん見てきました。そればかりかネグレクトや虐待、片親世帯の複雑な環境を抱える人もいたので、卒業後どのように生きているのか、心配な人もたくさんいます。

 このような環境のために、女の子であれば高校卒業後夜の世界で稼ぐようになった人の話も何度か聞いたことがあります。男の子であれば、土木関係の仕事についた人もいますが、土木関係や工事関係は力仕事の重労働なので、時間が経つと体にガタが出てきます。勉強が出来たり要領がよかったりすると資格を取り、工事現場のリーダーや指揮官になって軽作業で済むこともあります。しかしそれらの行動ができない人々は心身が擦り切れるまで働き、身体を若いうちから壊していきます。

 このような現状から土曜コースの男子生徒が稼げるという理由で土木関係の仕事に就いたものの仕事の劣悪な環境を目の当たりにし、勉強を頑張るようになり高校卒業後仕事を辞め、専門学校や大学に入った例もよく聞きましたし見てきました。そういう方々とは、放課後何度か共に勉強したり、面接練習をしたり、はたまた進路指導の先生から進学や就職に対するアドバイスを受けているのを間近で見たことが何度もありました。

 ただし前述したように通信制高校ならではの利点である、時間の融通の利きやすさから、学校によっては不登校支援に特化した学校づくりを目指しているところもあります。勉強が優しいからこそ、日々の決まりごとが少ないからこそ、自分主体で自由に動くこと、学ぶことが可能という一面もあります。事実、私の場合このような形態の通信制高校であったために、入学当初は学校に通うことがやっとでしたが、同級生や先生方の支えによって出席日数については深く考える必要がなく、自分の歩幅で高校生活をスタートすることができました。その後は授業内容に融通が利くことから、検定の勉強や進路について考える時間も存在し、授業や課題に追われる必要がないため、休む時はしっかり休み、学びたいときには時間いっぱい好きなことを学び、放課後は部活に精を出す、といった普通の高校ではまずできないような通信制高校の利点を活かした3年間を謳歌しました。

3.生きづらさと向き合うこと

 このような通信制高校の利点をふまえると、私から見た母校は不登校の子どもにとっても教育を受ける未成年にとっても、最後の砦のような場所でした。友人関係も勉強もツライ人にとっては、「生きづらさ」の塊だったのではないでしょうか。しかしこの通常の高校とは異なる形態で、更には勉強においても出席においても社会的な目で見れば甘々の学校で通用しなかった人々は、その後も引きこもりを続けています。何度かコース移動を考えていた同級生や後輩と「何とかコースを変えずに頑張る方法を考えていこう」と話し合ったり相談を受けたりしたこともありました。ですが水曜コースに移動した友人や後輩は結局その後どうなったのかよく分かりません。全日コースに通えなかったら水曜コースがあるわけですが、全日コースに通えない不登校の生徒は結局水曜コースも難しくなってしまう現状があります。もしかしたら今も、高卒資格を取るために学校や家庭で学んでいるかもしれません。

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 どんな小さな社会で生きる上でも、生きづらさは人間に付きまといます。しかし、この生きづらさを解消できるのは自分自身しかいません。ですから私の望みではありますが、「○○○が悪い」「○○○のせいで生きづらい」というのは一種の事実ではありますが、そのせいにしないでください。社会や環境、自分の家庭が悪いと言いたいときもありますが「通信制高校に行っても上手くいかなかった」「通信制高校に行ったのにも関わらず不登校になってしまった」と嘆いても本人にとって良いことはありません。良い環境を求めること、救いの手を差し伸べてくれる人を探すことはとても大切です。しかしそれを待っているだけでは、いずれ出会う生きづらさの元凶と自分で向き合うことはできません。

 私は少し努力すれば、人に心を開いたら、頑張って学校に通ったら、勉強を頑張れば、起きる努力をすれば、やんちゃな行動を抑えれば、卒業後も色々な場所で自分のやりたいことをやれたんじゃないだろうか、といった人をたくさん見てきました。私の母校の人たちは分かっていたと思います。そして卒業後気づいた人もいたと思います。どこかで自分自身と向き合ったり、人と向き合ったり、ちょっと努力することで、自分の未来は変わったんじゃないだろうかと。そして今、自分の人生と向き合って変わろうとしている人もいるかもしれません。

4.安易ではなくとも…

不登校なら通信制高校に進学!!の深刻性


事態はとても深刻です。

 これらの問題は別に私の母校だけのものではありません。日本中で起きています。文部科学省の統計によると、通信制高校卒業後の進路状況は全日型の高等学校や定時制高校と比較し「進路が決まらなかった卒業生率」が、2010年から2019年までの毎年の統計を踏まえても、35%を切ったことがありません。また専門学校への進学や就職に関しては上昇傾向ではありますが、いずれも25%未満をマークし続けています。なお大学への進学率は20%未満であり、通信制高校への進学を決める際には、現実として卒業後にこのような実態があることをふまえたうえで入学しなければなりません。

 近年、有名どころの通信制高校などでは、「○○人有名大学へ合格」などと謳って進学実績をアピールしている学校も見受けられます。しかし、数値的な実態としても私の経験でも、そもそも通信制高校を3年間で卒業できない人がたくさん存在します。さらには卒業できたとしてもその後の進路実態の統計があるために、通信制高校への入学を手放しには喜ぶことができない、勧められない、という気持ちが込み上げてきます。通信制高校への入学を決める保護者の方や当事者である生徒は藁にもすがる想いでしょう。高卒資格を得ること、新たな学生生活のスタートを切ることに精一杯の方がたくさんいます。私自身も入学当初は「学校さえ行ければ良い」という考えでしたが、入学しその生活に慣れてしまうと、その通信制高校の実体故に将来的に苦しまねばならないことが実際に起きています。

 ただ、現状では不登校からの高校進学の場合、通信制高校もしくは定時制高校、さらには私立高校という進路が多くのを占めていると考えられます。その進学先の就職率・大学進学率が低かったとしてもまずは入学しなければ何も始まりません。そのため私がオススメするのは通信制高校に所属している人々の勉強や課題、その後の進路についてのサポートをおこなう通信制サポート校に共に所属することです。入学先で再スタートが切れたのなら、それは素晴らしいことです。そうではなくまた学校に行きづらくなってしまった場合や、通信制高校の勉強や課題面でつまずいてしまった場合、学校は何とかなったけれどその先の進路についての支援が受けたい場合などは、サポート校が必要になります。また私立高校や定時制高校の進学後の支援は、現状学習塾がメインです。不登校の生徒の進路や就職、学習面、精神面を支援できる教育機関はまだまだ少ないです。不登校の生徒が進学先、就職先で上手くいかず再び引きこもりになる状態や職につかず実家で暮らし続ける状態が、社会問題ともなっている8050問題(80代の両親が50代の子どもの世話をしている状態)にも繋がっています。

 滝野川高等学院はこのような社会的な現状を踏まえ不登校の子どもたちのその後を「一生涯サポートする」ことを理念として立ち上げたサポート校兼フリースクールです。まだまだ社会で1度不登校となった人が再び学校や社会で活躍している例は少なく、支援方法もまだ確立していないのが日本の不登校を取り巻く現状です。しかしながら滝野川高等学院では、そんな子どもたちが再び社会で生き生きと活躍できるように、日々試行錯誤しながら不登校支援を行っていますし、私自身もこのような学校を立ち上げた滝野川高等学院代表豊田毅の支援法によって救われた元教え子の1人です。

5.進学した方がよい理由

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 私は大学至上主義でもありませんし、進学を絶対した方が良いとも思いません。ただ先に記したように中卒、高卒(工業高校や商業高校など専門的な技術を学ぶ高等学校は除く)、そして中退というのは社会では苦しいものがあります。「そんな社会を変えればよい」という意見もありますが、現実はそんな簡単なものでもありません。そしてやはり中卒高卒や中退で見る社会よりも、専門学校や大学という人生の猶予期間において学び、遊び、そして将来を見つめた方が、社会に対する視野も実際的な就職先の数も増え広がります。加えて福利厚生が整った仕事場も、身体を壊さず傷つけず働ける職場も見つかりやすいです。もちろん給料面での待遇も良いでしょう。

 そして社会で一見何の苦労もないように生きている人も悩みや苦しみ、悲しみ、生きづらさと戦いながら生きているんですよね。そんな社会が間違っていると思うかもしれませんが、社会を変えることは不可能に近いです。あとはその苦しみにどう向き合うか、どう自分の人生にアプローチをかけるか、どうやってストレスを発散させるか、自分の問題なんですよね。

 だから私は今不登校生徒のサポートを行う中で、再登校支援を行なったり進学のために勉強を教えたり、朝起きれるように指導したり、社会のルールを学ばせています。その子がより良い未来を掴むための視野を広げるために、そして実際的な活動の範囲を広めるための活動なんです。  

 近年「学校が嫌なら行かなくても良いんだよ」という言葉がSNSを中心に広がっていますが、学校で学べることってすごく広いです。勉強ももちろんですが人間関係も道徳も、子どもが学ぶべきものの多くが詰まっています。このことについては下記のトピックでも再度説明を加えます。「学校が辛い子を無理やり学校に通わせるなんて、あなた責任持てるの?」という言葉は、滝野川高等学院の代表がよくTwitterで受ける批判ですが。。。「じゃあ学校に行かなかった場合、行かせなかった場合子どもたちが被る将来的な不利益や状況について、子ども本人でもない保護者やTwitterで批判する方々はどこまで責任を取れるんですか?なんの責任を取れるんですか?」と私は問いたいです。

6.「辛かったら学校に行かなくてもいいよ」

という言葉の真意について

-自己責任との闘い-

 私の経験上、逃げる必要がある時もあると考えています。不登校に関しても自分の気持ちや考えを整える良い期間でもあると考えています。ただここで難しいのは、じゃあいつまで休んでも大丈夫なのか?いつになったら立ち直れるのか?いつまで傷つき続けるのか?という話なんです。酷な話なのですが。もちろんある程度時間があれば心も体も休めてまた頑張れる人もいます。ただ私が見てきた多くの傷付いた人々は、立ち直るのに時間がかかる、もしくはずっと立ち直れない。もしくは1度立ち直ったように見えてまた挫折してしまう、そんな人々でした。

 これには理由があると考えています。

 それは、自分が休んでいる間にも社会は何も変わらず動いているということです。

 その動きから外れること、逆行することって、実はただ社会から離れるだけの話ではなく、苦しんだ本人が社会に戻るのに、相当苦労して、辛い想いをしなきゃいけないことにも繋がるんですよね。ただでさえ傷ついているのに、社会復帰しようとしたら様々な困難が立ちはだかります。それは不登校や引きこもりなら、学力面であったり、年齢であったり、社会の目であったり…。

 ある人は「そんな社会が悪い。」「皆が生きやすい社会にすべきだ。」「誰もが辛い時は休めるべきだ。」と言いますが、そんな社会は理想郷であって今後そのような社会になることはまず無いと考えています。なぜなら全ての人が「今日は辛いので休みます。」という社会になったら成り立ちませんから。そして社会に生きる全ての人も、様々な立場や考え個々の想いをもとに、苦労して悲しんで、それでも前を向きながら日々を生きている人ですから。

 だから、「あなたも苦しんでるかもしれないけどみんなも苦しんでいる」という言葉は絶対苦しんでいる本人に伝えてはいけない言葉ですが、休んでる間に、傷を癒している間に、他者の人々の気持ちを考えられるようになることは、自分の心に余裕を持つうえでも相手を思いやるうえでも大切なことだと思っています。それに相手を思いやることが出来たらきっといつかそれは返ってきます。

 そして私は、傷ついた人の心に寄り添いつつできる限り社会復帰、学校復帰を早くできるお手伝いと、その人が社会に出た時傷つかないようメンタルを強くすること。その人の長所を伸ばすこと。他者からその人の短所が原因で傷つけられないように、何か悲しいことが起きないように、短所を無くす支援を行い、その人が社会に出ても困らないような何らかの技術や力を身につける支援や教育を行うことこそが、相手のための真剣な支援であり、誠実な行動だと考えています。

 近年は「辛いなら学校には行かなくてもいい」という言葉もよく聞きますが、歴史的にみても、国や世界をあげて改革を続けてきた学校という場は、学ぶうえでも社会性や協調性を身につけるうえでも、進路を決めていくうえでも、やはり総合的にどの教育機関(塾やフリースクール)よりも優れており、確かに合理的ではない部分もありますが、現代の社会においても、学びの場、教育の場として世界的に重要視されている場所です。「これに行かなくてもいいよ」といえるだけの力がある家庭や本人の才能がある場合は除き、やはり多くの子どもたち若者たちは、学校という場で得られるものが大きすぎます。ここでも「学校以外の学び場をつくれ」という人がいますが、学校以上の学び場を、それもお金をかけず万人の子がそこで伸びる教育を行える場を作ることは、社会が簡単には変わらないように、容易なことではありません。

 また、「学校に無理に行かせたら子どもが自殺する。責任は取れるのか」という話も最近は多いですが、前述したように休むことや逃げるべきとき逃げることが間違いだとは私も私が働いている滝野川高等学院も思っていません。むしろ命の危機や自分の尊厳の危機を感じたら逃げるべきです。それが学校や会社なら休むべきです。

 だからといって、もちろん不登校になった子が、一律でその定義に当てはまるわけではありません。むしろ冒頭に書いたように子どもが学校に行かないこと、社会に向き合わないことで被るリスクの方が高い子どもの方が多いです。確かに多様性のある学び場は必要だと思いますし、それに向けた行動は必要です。とはいえ事実そんなことを言っている間に、1人の大切な子どもの学びの時間、大切な時間は刻一刻と失われていっています。だからこそまずは社会に批判の目を向けるのではなく、子どもや苦しんでいる人が幸せになるための、また社会で生きられるようになるための教育を行うことの方が先決だ私は考えます。

7.社会は変えられない。でも自分は変えられる。

-元不登校が支援者となって思うこと-

 また、社会は変えられない。けど自分は変えられる。そして傷ついた心を癒せるのも、究極的には自分の行動や気持ちだと思っています。私は「自分と向き合い他者と向き合う」という言葉がとても好きです。なぜなら自分と向き合うこと、他者と向き合いうこと、誠実に生きていくことができれば、社会までは変えられなくとも、自分の生活、自分の人生、周りの人々の自分に対する接し方関わり方はおのずと変わっていくからです。

 この環境をつくることはもちろん1人では難しいです。でもまずは自分自身が変わろうと思うこと、人と誠実に向き合おうとすることができれば、徐々に人は自分を気にかけ、寄り添い、支援してくれるようになります。

 しかしながら、世の中には、自分の殻に閉じこもり、いつかの他者から受けた苦しみや辛さを、ずっと根に持ちながら生きている人がいます。トラウマを抱えて生きている人がいます。最近、名越康文さんの『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』という本が大ヒットしていること、ご存知ですか??

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https://www.sanctuarybooks.jp/book-details/book1014.html

 この本は、自分は人から受けた辛い思いや苦しみをずーっと抱えていたとしても、傷をつけてきた相手は、その事について全く気にもしてないし覚えてもおらず、パフェでも食べてワイワイ楽しんでる。だから、自分も辛かったこと苦しかったことはあったけど、それは自分の中ではどうしようもなく嫌なことだったけど、それに悩んでいたらクヨクヨしていたら、前に進めない。だから、前を向こう。といったものが大まかな内容です。それが傷つけられた本人が自分自身で立ち直れない状況なのであれば、滝野川高等学院のような居場所が支援を行い、トラウマを薄れさせ、本人が後ろ向きではなく、前向きに生きるお手伝いがしたい。いじめなどはもちろん例外の話ですが、傷つけた本人は苦しんでなくて、傷ついた本人がずーっと苦しんで悲しんで、人生後ろ向き、って1番傷ついたはずの本人の人生には見合いません。傷ついたことを乗り越えて前向きに生きて欲しい。その方が幸せになれるって、自分の経験を踏まえても、自分の周りの人々の成長を見ても、思うんです。

 「復讐は何も生まない」といいますが、復讐はまた新たな復讐や憎悪は生んでも、復讐した方も復讐された方も両方が前向きに生きられることはまず無いです。それなら、復讐や憎悪にエネルギーを使うのではなく、自分自身が前を向くためにエネルギーを使ってほしい。

 辛いことがあった、理不尽なことがあったということは事実でもありますが、それを乗り越え、自分が生きたい人生を前向きに生きていけるようにしてほしい。私は自分の経験から、そして不登校の子どもたちを取り巻く社会の情勢を踏まえ、一人ひとりの子どもたち若者たちが前向きになれる支援をしていきたいと考えています。

8.今回のブログのまとめ

今回は以下のような項目で不登校を取り巻く社会の現状や不登校を取り巻く現実の厳しさについて、通信制高校出身の立場から切り込んでいきました。

  1. 通信制高校とは??
  2. 通信制高校のメリットとデメリット
  3. 生きづらさと向き合うということ
  4. 安易ではなくとも…不登校なら通信制高校に進学!!の深刻性
  5. 進学した方が良い理由
  6. 「辛かったら学校に行かなくてもいいよ」という言葉の真意について    -自己責任との闘い-
  7. 社会は変えられない。でも自分は変えられる。              -元不登校が支援者となって思うこと-


今回書いた内容が1人でも多くの不登校当事者や保護者、不登校支援者や教育関係者の心に何らかの変化や影響を与えられたら嬉しいです。

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